2006年02月12日

言論の自由とは

ヨーロッパで、イスラム教を題材にした風刺漫画が新聞に掲載され、それに対してイスラム教徒が抗議し、言論の自由を掲げる側との間で激しい対立、という事態になっていますね。

言論の自由と聞いて思い出すのは、おそらくもう10年以上前に読んだコラムです。
切り抜きなどはなく、記憶に頼って再現するので細部は不正確だと思うのですが、どうかご容赦を。

話としては、筆者の方が数十年前(だと思います)にアメリカに留学したときの話でした。

「自由と平等の国アメリカ」というイメージでアメリカが輝いていた頃でしょうね。
筆者はジャーナリスト関係か何かで「言論」について勉強するために渡ったようです。

◇◆◇

最初の授業で、教授が学生に問いかけます。
「言論の自由というが、そもそも言論の自由ってものは存在するのか?」

議論が始まり、やがて出た答えは、
言論の自由は保障されなければならない。しかし、満員の映画館で「火事だ!」と(火事でもないのに)叫ぶことは許されない。
というものだった、と筆者は書きます。

“自由の国アメリカに渡って最初の授業の題材が言論の制限であったというのは、私にとって衝撃的だった。”と筆者は書き、その先はあいまいな記憶なのですが、“しかし、そういうことを考えているからこそ、言論の自由が強く守られているのではないか”というような感じで終わっていたと思います。

◇◆◇

偶像崇拝を固く禁じ、戒律に厳しいイスラム教における預言者(神ではない)ムハンマドをキリスト教圏の新聞が風刺画の中で描いたこと、これはイスラム教徒にとっては許しがたい冒涜かもしれませんが、「満員の映画館で“火事だ”と叫ぶ」ことと同等かというと、ちょっと違うかな、とは思います。

けれど、「言論の自由」という美しいことばですべて片付けていいのかな?という疑問はかなり強くあります。

ほかの宗教を尊重するというのは、とても大事なことだと思うんですよね。
posted by つきっつ at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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