2005年01月10日

小森和子さんの訃報を知って(死に場所について)

映画評論家の小森和子さんが亡くなりました(日経新聞の記事)。

僕ぐらいの世代の方にはなじみがあっても、20代以下の方は名前さえ知らないかもしれませんね。自分のことを「おばちゃま」と呼ぶ、ちょっと変わった方でした。
僕の記憶では、映画を批評するというよりはひたすら映画をほめ、俳優への憧れを語る人で、「評論」家というよりは「愛好」家だったと思います。日本が「外国のもの」と聞くだけで憧れてしまう時代(昭和30年代から40年代くらいですかね)の人、ということかもしれません。
悪い人ではないと思うのですが、映画について語る彼女はあまり好きではなかったような...

というのは本筋ではなくて(いつも本筋以外が多くて申し訳ないです)、「あぁよかったねぇ」と思ったのは、「...自宅で死去した。95歳だった」という部分。
95歳まで生きて、自宅で死ぬことができるのは幸せじゃないでしょうか。
いや、実は自宅に医療機器がごっそり設置されていて、という可能性もないわけではないですが、病院のように管がいっぱいつながれ、心電図の音が響く中での死ではなかったと仮定して。

キョンキョン主演の「病は気から〜病院へ行こう2〜」には、病院長の父親とふたりの息子が登場します。
父親が倒れたとき、兄(真田弘之)は延命措置として喉に穴を開けようとしますが、弟(三上博史)は「おやじは詩吟が生き甲斐だ。生き延びても、声が出ない状態ではかわいそうだ」というようなことを言います。

なるほど、と感じ入りました(もう10年以上前ですが、その場面は蘇ります)。

あらゆる先端技術を使って1秒でも長く心臓(または脳)が生き続ける状態を保つことが今のお医者さんの使命となっているようですが、自分がその使命に付き合う必要はないですよね。丁重に「いえ、私は遠慮します」と辞退してもいいはず。

家族の心情としては「どんな姿であっても、少しでも長く生きていてほしい」と思うこともあるかもしれません。けれど、「畳の上で死ぬ」ことができたら、人生の終わりが多少早まってもかまわないな、と自分は思いますし、自宅で亡くなった小森さんには「よかったですね」と言いたい気持ちです。
posted by つきっつ at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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