2005年02月22日

寝屋川の事件で思うこと

小学校に卒業生の17歳が包丁を持ってやってきて先生3人を刺し、うち1名が亡くなった、という事件が起きたのは14日でした。

これに反応して、各地で警備員配置とか学校に入りにくくするとか対応が取られていますね。

そのような反応は当然でしょうし、子供を学校に通わせている親にしたら「とにかくがっちり守らねば」と思うのも当然だと思います。

けれど、子供や教師を殺したいと思った人間が防犯対策によって学校に入れなくなったら、その殺意が消えるかというと、そういうものではないですよね。
あきらめる人間も何割かいるでしょうが全員ではない。まず間違いなく。
その殺意はどこへ向かい、どこで姿を現すのでしょうか。

◇◆◇

「もはや学校も安全ではなくなった」というのは、つまり我々の社会の危険度、不安定度が増しているということで、そういう世の中にしているのは自分たちなんですよね。
いや、自分は「悪いこと」は何もしていない、と激しく否定する人もいるでしょうけれど、絶海の孤島で自給自足しているのでない限り---いや、その場合だって、その人の存在を知っている人間がいれば---人は世の中と関わっているわけで、ならば社会の変化に対する「責任感」みたいなものは持たなきゃいけないと思うんです。

まぁ、ふだんそんなことばかり考えていたら暗い人間になっちゃいそうですけど。

積極的に「悪いこと」をしていなくても、「悪いことは常に誰か自分以外の人間が原因のはず」と犯人捜しをしない。
そういう心の姿勢が必要なんじゃないかと思いました。
posted by つきっつ at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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