2005年04月24日

「清貧」と「孤高」

昔、清貧ブームというのがありました。「清貧の思想」という本がきっかけだったかと思うのですが、お金をじゃらじゃら使うことよりも精神の充実を大事にして質素に生きようよ、というようなもの...だった...のかなぁ???というのが疑問でして。

とてもよく覚えているのは、テレビで小さな特集をやっていて、「ナントカさんは清貧を追求するために(?)退職後、山の中に小さな家を建て」みたいな映像が映ったことです。昔の風流人の住むような渋い住まいでした。
で、「高そうだなぁ」と思って激しく違和感が。
「金持ちの趣味としての”清貧”じゃないの?精神として”清貧”が成立しているのなら、ふつうの生活の中で実現できるんじゃないの?」

◇◆◇

「清貧」の「清」は精神に関わるもので、外から一目で判断することはできません。「こういう外見、行動が”清”である」という簡単な基準がないということですね。

「貧」も、お金持ちがボロを着ていることもあるので簡単にはわからないかもしれませんが、「”貧”ぽい」外見というのは多くの人の間で共有しやすい感覚です。

「清貧」ということばに乗っかった人の中には、「外面的な”貧”を演出することで、内面的に”清”であることを主張する」という欲を持っていた人も多かったのではないかと、ひねくれ者の私は疑っています。

お金持ちで”清”の人も、貧しくて心が汚い人も多いはずなんですけれどね。

◇◆◇

「孤高」も似ているかもしれません。
孤独であっても志が高いとは限らず、”孤低”だってあるはずなんですけれど。

...と、世間が狭いだけで孤高とはいえない我が身を振り返り、自戒するのでした。
posted by つきっつ at 10:57| Comment(1) | TrackBack(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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拝見しました
Posted by 姉 at 2006年10月09日 02:24
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