2005年04月27日

電車事故とアメリカの文房具

福知山線の事故は本当に痛ましく、ニュースで見ると涙が出てきて困ります。最初に「脱線事故」とだけ聞いたときは、こんなに大きな事故とは思いませんでした。

亡くなった方があると聞いて驚き、それが16名と聞いて「そんなに多いのか」ともう一度驚いていたのに、実際には70名を超える方が亡くなったということで、なんだか気分も落ち込みがちです。■4/27追記:亡くなった方の数が90名に達しました。まだ車内に取り残されている方があり、生きていらっしゃる気配がないと報道されています。■

しかし、その合間に考えたことがあるので書き残しておこうと思います。

◇日本より貧しい国の鉄道事故でたくさんの人が亡くなったとき、「鉄道の運行技術も未熟なんだろう」と勝手に決めつけたことを思い出しました。
日本は新幹線を走らせるほど技術が高いのに、それでいてこんな事故を起こしたということで、重みはずっと大きいのではないか。
◇原因が何であるにしろ、運転士の落ち度は明らかなようだ。おそらく個人を責める方向に世の中は走るのだろうが、社会全体の問題として考えなくていいのか?■5/7追記:これは、「個人を責める方向」には進まず、JR西日本の「体質」問題に進みました。しかし、スピード出し過ぎの運転手を生んだJR...を生んだ日本の社会、という視点がないという意味では、質的に似たようなものだと思います。JR固有の問題---国鉄時代から引きずる組合問題を中心とした部分---もあると思うのですが、これはちょっと私の手には余ります...■

特に後者については、こんなことを思います。

◇電車の運転士というのは、自分たちが小さい頃は「なりたい職業」の1つだったが、大人になれば、つまり世間的には「憧れの職業」というわけではない。
◇その理由の1つは、おそらく高収入の仕事ではないから。
◇なぜか?それは、きわめて大ざっぱ(乱暴)に言えば、「高学歴を要求されない仕事」だから。
◇乱暴度合いを下げるために少し幅を広げれば(スポーツで1億円稼ぐには学歴は不要だし)、「すごく特殊な能力」を要求されないから。
◇けれども、この仕事に要求されるものは多いはず。安全意識、規律意識、慎重な行動、冷静な判断力、それらを支える知性など。

◇◆◇

このような「社会的に大きな責任を負っているけれど、金銭的な報酬は多くなく、学校の成績とは関係のない知性、知力を要求される仕事」(読み返して付け加えるのですが、こういう仕事はものすごく多いですよね)をする人のインセンティブって、今の世の中では落ちていってるんじゃないかなぁと思います。

「うまくやる」ことで汚い金を手に入れたってなぁ、お天道様はちゃーんと見ていて、そういうのは長く続かねぇんだよ。俺たちみたいにな、貧乏だってコツコツ真面目に努力していればな、いつかきっといいことが...
こんなの、今のご時世じゃ成り立ちませんよね。

◇◆◇

アメリカにいるとき、よい文房具がみんなドイツ製であることが不思議でした。アメリカ製の文房具は安くて雑なものばかり。
しばし観察した結果、「アメリカでは、単価の安い商品を作る会社には優秀な人間、やる気のある人間がいない」という怪しげな仮説を立てました。

お金ばかりがモノサシになっているから、単純で単価の安い商品の分野では「やる気」があまり湧かないんじゃないか?という、まぁかなり偏見に満ちた説だったのですが、今回の事故で、あれはある程度当たっていたんじゃないのかな、そして日本もそうなりつつあるのじゃないかと思ってしまいました。
posted by つきっつ at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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