2005年05月06日

独断と偏見

よく使われますよね、「私の独断と偏見で選んでみました」というような表現。おもにテレビで使われていて、日常会話では少ないかもしれません。
30年くらい前、自分が子供の頃によく使われ出したという印象があるのですが、未だにイライラします。「わかってるなら、やるな

「独断」は、他人の意見を聞かず(聞くべき状況なのに)1人で勝手に決めてしまうこと、「偏見」は、ものの見方が偏っていること、ですよね。どちらも「よくないこと」のはず。
なので、もともとは他人の言動を「独断と偏見に満ちた、とんでもない意見だ」などと批判するときに使われていたのではないかと想像します。

それを誇らしげに「独断と偏見で」と自分の行動について使うのは、ことばに対する感覚が鈍磨していて、「こういうときは、この決まり文句を使えばいいのだ」という神経で使っているだけに見えます。

想像するに、
◇この言い回しを”発明”した人は、「独断と偏見だと非難されても、とにかく私はこれがよいと思うのだ!」というようなニュアンス、状況を想定していた
◇最初の頃は、この開き直りのような偽悪的、露悪的のような言い回しが新鮮で、「独断と偏見」は悪いことなんだけどそこを敢えて...という意識が常にあった
◇やがて定型化して「独断」や「偏見」のマイナスイメージが薄れ、「敢えて」という気持ちは消滅
◇今では、単に「自分の好みだけでテキトーにやりましたぁー」の言い訳...の意味さえ薄れてきたかなという段階

◇◆◇

テレビのバラエティー系番組で、「独断と偏見で選びました!」と言っているのを聞くと、「じゃあ独断と偏見を排して選びなおせよ。オマエひとりの好みや偏った意見など聞きたくないんだから、ちゃんと調べろ」と思うのですが、それは言いがかりってもんでしょうかしらん。

「独断」や「偏見」という音の響き、他の場面での使われ方に関する無意識のデータが頭の中に蓄えられていたら、この言い回しを多用することに抵抗を感じるのが当然ではないのかなぁと思うのですが、それは古い感覚なのでしょうかねぇ。
posted by つきっつ at 10:47| Comment(2) | TrackBack(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この問題、「独断と偏見」のみならず、かつて逆説的な毒を盛っていた言説が消費され、なんのことはない、右へならえの言葉になり、得手勝手を自己弁護するための言葉になる、という構図だと思うんですね。
私もとても不快です。

おっしゃる通り、この手の言葉は当初、戦略的に使われるわけですが、あっという間に消費されてしまいます。今では「いじめないでね」とか「突っ込むな」という意味の前置きですから。だもんで、時に私も使ってしまうんで、反省しなくてはいけないわ(藁)。

んでも、私なぞ、「独断と偏見」とか言い切りたがる方に対しては、「ご心配なさらなくとも、十分一般的ご意見ですよ、単に無思慮なご意見ってだけです」とか思ってしまいます。
Posted by acoyo at 2005年05月06日 12:10
あ、そうですね、「消費」ですね。ことばって、世界を把握するための道具だと思うので、もう少していねいに扱ってほしいと思うのですけれど、みんな忙しいのかな(笑)

僕はコトバ過敏症なのかもしれませんが、「ドクダン」、「ヘンケン」という音を聞くと反射的に「ないほうがよいもの」と感じます。

みんなに頭の中の「ことばの世界」をもう少し広げてほしいなぁ...
Posted by つきっつ at 2005年05月07日 12:43
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