2005年07月03日

メモ−「何でも売買してしまう街」

1989年に「欲望の迷宮」という本が時事通信社から出版されました。1992年には講談社から、2000年には筑摩書房から、どちらも「欲望の迷宮・新宿歌舞伎町」というタイトルで文庫化されているようですが、現在は当然ながら中古でしか入手できません。

私はこの本を最後まで読んだかどうか記憶がはっきりせず、現在手元に本もないのですが、抜き書きしたカードが出てきました。
プロスティチュート(売春婦)と公序良俗との境界線は、消費社会の先端のあたりではぼんやりとしはじめている。何でも売買してしまう街では倫理は後景に退く古いイメージであり、人生観も倫理観もそのなかに含まれ、遠ざかり行く位置にある。ここでは欲望こそが前面に立っている。(52ページ)
これが書かれたのは1989年。
現在、このことばは「取り立てて言うほどのことではない」という常識になっている気がするのですが、一方で、「それを強調するのはこだわりすぎなんじゃないの?」と、やんわりした口調で、しかし強い意志を持って言い返す人も増えているようにも思います。

◇◆◇

バブルの頃は「欲望」というギラギラしたものがあちらこちらを飛び跳ねていて、それが我々を元気にしてくれる一方で馬鹿騒ぎの元にもなったと思うのですが、現在、欲望は空気や水のように深く広く、そして静かに浸透して、目立たないながらも力を発揮しているのかもしれません。
これが「今や常識」の視点。

もう1つの視点は「そんな欲望、追っかけてないよ」とゆったり生きている人たち...かなぁ...と自信がないのは、「消費社会の先端のあたり」とは無関係な暮らしに回帰する人が増えているのは間違いなかろうと思う一方で、その人たちをもターゲットにしてしまうのが今の消費社会じゃないかとか、その人たちもちょっとしたきっかけで「欲望の迷宮」に入り込んでしまうかもしれないと感じてしまうから...だと思います。

自分も、フリーランス初期には「縮小均衡」的な生活で幸せに暮らしていたのですが、その後やや分不相応な暮らし方に移行してしまい、現在もその後遺症で苦労している部分があると自己分析しています。

なんだかとりとめのないメモなのですが、引用部分を記録に残したくて記事にしてみました。
posted by つきっつ at 13:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・映画・音楽・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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