2005年07月21日

ブログは何に似ているか?(わきさんにコメントをいただいて)

「このブログに関するココロのルール」という記事に、わきさんからコメントをいただきました(こちら)。
で、以前からちょっとだけ考えていたことをメモっておこうと思います。

私は「心の平安を保つためにコメントを削除する権利はあると思う」という趣旨を書いたのですが、それについてわきさんは
・それをやる勇気があまりない
・問題ないと思いつつも、「逃げ」と思われたくないので
・でも、本当はそれでよいはず
と(うまく要約できていないかもしれないので、できるだけ生のコメントをご覧ください)書いていらっしゃいます。

私も、「相手が論理的なら、できるだけ誠意を持って対応したい」という前提で進みたいと思っていて、あくまでもそちらがメイン。
でも、やっぱり「あぁ気分的に対応しきれないよ。限界超えた...」となるときがあるかもしれないので、「精神衛生上、消すかも」という「一応、最後の逃げ口を確保」するために書いています(まぁ、これだけマイナーなサイトだと完全な取り越し苦労ではあるのですが、思考訓練としては有益かな、と)。

けれど、いくら最終的な非常口確保のためとは言え、「結局は気分次第になるかもよ」と言うのと言わないのとでは「心構え」が違うはず。
まぁつまり私は「ヘタレ宣言」をしているんです。

◇◆◇

で、本題はここからなんですが、こういうことを考えるとき、ブログを何に近いものとしてとらえているか?が関係するんじゃないかと思うんですね。

言論、出版、放送の類であるならば、執筆者の責任は重く考えよう、「世間からの反応」つまりコメントにもとことん付き合うべきだ、という方向に考えが進みそうです(これは、匿名を許さないという人の論理でもありますね)。

けれど、「私の日記を公開します」を祖先とするブログも多く、そういうところでは「言論なんて大げさなことは...」という感じですよね。
ブログは「世間に見せることを意識した日記」で、コメントは「軽い付き合いの人との交流」。

別の言い方をすると、ブログという「場」は「世間向けの公開の場所」なのか、「自分の家」だけど玄関から一歩入って中をご覧くださいという感じなのか。

私は、まぁちょっと揺れていて、「ドアを開けてある限り、誰に対しても礼儀を守るつもりではいるけれど、やっぱりここは自分の家なので、好きじゃない人には帰ってもらうこともある」というところ。

このあたり、世間のコンセンサスはいずれ形成されるのでしょうかね。
posted by つきっつ at 22:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これはマナー論ですよね。

ルールってことなら簡単で、なにを削ろうが管理人の勝手であるハズですからね。

マナー論は難しいですよ。
書き出すときりがない。

でも、はっきりしてるのは、
例えば、もう忙しすぎて物理的に対応できないって時に、対応しないってのは、当然で、
そんなことまで個人が責任負ってたら、
ブログは暇人たちのものになっちゃいますよね。

忙しすぎて対応できないのも、精神的に負荷かかりすぎて対応できないってのも、外部から結果だけ見れば同じだし。
Posted by わき at 2005年07月23日 02:48
自分としては、個人的な行動規範として
・良心に恥じることはしたくない
・あまりシンドイ思いはしたくない
を両立させる基準を想定したい...んだと思います。

すごく「強い」一部の方は、「匿名ブログは卑怯だ、”言論”なんだから最大限の責任を負え」とおっしゃるでしょ?(「対応する時間を作れないようなヤツはやめちまえ!」とか言いそう...)
そういう人たちの主張から逃げずに、でもしんどくない理屈を考えたいんです(笑)

あと、「似てる」について書き忘れたんですが、人は新しいものに出会うと「何に似ているか?」と考えて、既存の知識(の応用)で対処しようとすると思うんです。
で、ブログは何に似ているんだろう?と、ぼんやり考えているわけでして。

「我が家」と「言論」の間のどこらへんに位置するのかなぁ、まぁ人それぞれだけどなぁ、と。
Posted by つきっつ at 2005年07月23日 18:53
>「匿名ブログは卑怯だ、”言論”なんだから最大限の責任を負え」

以前にうちのサイトで書いたけど、匿名性の概念って、本来、自由主義とか民主主義の根幹に関わるくらい重要な概念ですね。

需要側が匿名性を守られなければ・言いたいこと言えなければ、破綻するわけです。

でもって、とかくうるさい人たちって、マスコミという一方的に言論の供給者として振る舞うものに必要な論理を、そのまま、発信者って点では同じだろうって個人ネットワーカーに当てはめようっていう、まるでわかってない人たちだって、個人的には思ってるんですけど。

そういうのは、突き詰めていったらどんな発信内容にも過剰に責任を要求するようになりますよ。
もちろん無法地帯で良いわけはないのですけどね。
それと匿名性の確保を過剰に関連づけたがるのは論理の飛躍です。

ブログがなにに似てるのかって言ったら、なんでしょう?わからないです。
もちろん日記に似てるのだけど、公開された時点でまるで別物ですよね。
Posted by わき at 2005年07月23日 19:12
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。