2005年11月06日

『「脳」整理法』(茂木健一郎)

2、3週間前に読んで「これはよい」と思ったのですが、自分が「よい」と思ったポイントが偏りすぎかもしれないと思って書くのをためらっていました。
けれど、あまり放置しておくと忘れてしまいますし。
4480062629「脳」整理法
茂木 健一郎
筑摩書房 2005-09-05

by G-Tools

茂木さんは今とても有名ですし、この本の存在も知っていましたが、読もうという気になったのは例によって橋本大也さんのサイトの書評を読んで。
なので、ここで読むのをストップしてそちらを読んでいただけばいいのかー(と軽い自虐モード)→どうぞ!

◇◆◇

茂木さんは脳科学者ですが、これは科学の解説書というよりは、科学を教養として消化した人がその知識と思想、哲学を述べている本と考えた方がよいかもしれません。
茂木さんの「どう生きるべきか」という考えが出ており、「科学者の良心」ということばをひさびさに思い浮かべました。

橋本さんは
最も面白かったのがディタッチメントとパフォーマティブという二つの態度の話。
と書いていらっしゃいますが、私は
・「世界知」と「生活知」
・「偶有性」
ということば、特に前者が強く印象に残りました。
自分は「世界知」を重視しすぎる人間でして、今まではそのこと(傾向、問題、癖)を説明することばを持っていなかったのですが、なるほどね、世界知偏重なのか俺は、と「病名」を告げられて少しもやもやが晴れたような気分。

「世界知」と「生活知」を私なりにできるだけ短く説明するならば、
世界知:自分抜きの視点による知識、知恵
生活知:自分中心の視点による知識、知恵
で、世界知偏重の人間から見ると生活知重視の人は「客観的データや論理的思考を人生に生かしておらず、非合理的で気分屋でわがまま」に見えてイライラすることがあるのですが、逆方向から見ると(体験していないのでわかりませんが)「客観的データや論理的思考で人生が成り立っていると考えている冷たい人で、非合理的で気分屋でわがまま」じゃないかと思います。
後半が同じなのは書き間違いではなく、世界知にこだわることによって「非合理的で気分屋でわがまま」になってしまう自分の姿に気付いているからです。

世界知と生活知のバランス、橋渡しが自分のテーマであると考え込んでしまったのと同時に、「世界知の重要性」を訴えることも続けていきたい、それが「世界知偏重」という癖を持つ自分が「弱点を逆に生かす」道なんじゃないか、などということも思いました。

◇◆◇

ま、そんなわけで、単に「知識」系の本として「なるほど」と読むだけで終わらず、考えさせられることが多かったので、淡々とまとめることができません。「そうでした、私の人生は間違っていました、ごめんなさい」的気分と、「そうだろ、俺のこのような傾向はもっとみんなが身に付けるべきだろ、えっへん」とが入り交じってしまいまして。
もう一度読まなきゃ。

というわけで、「考えることについて考える」、「自分について考える」などのメタ的作業をいとわないすべての方にお勧めです。

あ、例によって職業病として誤字チェック。168ページ7行目の「市政の一市民」は「市井の一市民」の間違いです。今の編集者は若くて、こんなことばは知らないのかもなー

(それにしてもseesaaのジャンル分け、「本・雑誌」が「エンターテイメント」の下にあるというのは、そういう時代なんですね。「教養」ということばは死語かな。)
posted by つきっつ at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・映画・音楽・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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